1 はじめに
賃借権が抵当権に対抗できない場合、抵当権が実行され、目的物件が第三者(買受人)に移転すると、賃借人は、目的物件を買受人へ明け渡さなければなりません。そのため、抵当権に賃借権が対抗できるか否かは、賃借人にとって重大な問題となります。
そこで、まずは以下に抵当権と賃借権との関係について記載します。
2 抵当権と賃借権との関係
抵当権の目的物件について賃借権を有する者は、当該抵当権の設定登記に先立って対抗要件を具備しなければ、抵当権を消滅させる競売等により、目的物件を買い受けた者に対し、賃借権を対抗することができないというのが原則です。
賃借権の対抗力については、賃借権の登記をしたとき(民法605条)、建物所有目的の借地につき、土地上に借地権者が登記されている建物を所有するとき(借地借家法10条1項)、借家につき、建物の引き渡しがあったとき(借地借家法31条1項)に取得するとされています。
なお、例外的に抵当権登記の後に対抗要件を備えた賃借権であっても、抵当権に対抗しうる場合として、抵当権者の同意の登記がある場合(同法387条)や短期賃貸借制度の改正前(平成16年4月1日以前)の短期賃貸借があります。
(1)抵当権者の同意の登記がある場合
民法387条には「1項:登記をした賃貸借は、その登記前に登記をした抵当権を有するすべての者が同意をし、かつ同意の登記があるときは、その同意をした抵当権者に対抗することができる。2項:抵当権者が前項の同意をするには、その抵当権を目的とする権利を有する者その他抵当権者の同意によって不利益を受けるべき者の承諾を得なければならない」と規定されています。
同意の登記が必要とされており、借地借家法の定める対抗要件を備えただけでは、本条の適用がないことに注意が必要です。本条の要件を充たした場合には、設定登記前に登記された抵当権者にも対抗することができます。競売によって売却された場合にも、その賃貸借が差押債権者または仮差押債権者に対抗することができない場合を除いて(民事執行法59条2項)、従前の内容で買受人が賃貸人となります。
(2)短期賃貸借
短期賃貸借については、平成15年法律第134号改正により廃止されています。ただし、平成15年法律第134号改正の施行(平成16年4月1日)の際に、現に在する短期賃貸借については、その後に更新されたものを含めて従前の例によるとされています。
本事例について
本件事例では、抵当権の設定登記よりも前に、賃借権の登記等の対抗力を賃借人は取得していませんので、原則に従えば、抵当権に対抗することはできません。では、抵当権設定登記後、賃借権を時効取得したとして、同賃借権をもって対抗することはできるのでしょうか。この点、本事例と類似の事案について、平成23年1月21日に最高裁の判決が出ており、「対抗することはできない」との結論を出しています。
判例の事案は、賃借人が途中で死亡し、以降、妻が賃借権を相続により承継取得し、長期間にわたり地代を支払い、土地を占有してきたところ、大蔵省が抵当権を設定し、公売が実行されたという事案でしたが、裁判所は「不動産につき賃借権を有する者がその対抗要件を具備しない間に、当該不動産に抵当権が設定されてその旨の登記がされた場合、上記の者は、上記登記後、賃借権の時効取得に必要とされる期間、当該不動産を継続的に用益したとしても、競売又は公売により当該不動産を買い受けた者に対し、賃借権を時効により取得したと主張して、これを対抗することはできないことは明らかである」と判示しました。
以上から、抵当権設定登記前に締結された賃貸借契約であっても抵当権に対抗できない場合があること、賃借人としては、対抗力を取得しない限り、原則として賃借権を抵当権に対抗できないため、対抗力を取得しておく必要があること等に注意が必要です。
なお、賃借権の時効取得についてですが判例では、土地の賃借権について、土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、土地賃借権の時効取得が可能とされています。
4法定地上権について
賃借権が対抗できるか否かという問題とは異なりますが、抵当権の実行の際に、地上権を主張できる場合として、法定地上権という制度がありますので、ここで紹介します。法定地上権については、民法388条に規定されており、同条(前段)には、「土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において、その土地又は建物につき抵当権が設定され、その実行により所有者を異にするに至ったときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす」と規定されています。
土地と建物が同一の所有者に属する場合で、i)土地だけに抵当権が設定され、同抵当権が実行されて、第三者が買い受けた場合、第三者が取得する土地は地上権を負担する、また、ii)建物だけに抵当権が設定され、同抵当権が実行されて第三者が買い受けた場合、第三者が取得する建物には地上権が付随する、とされているのです。
これは、土地と建物が同一の所有者に属する場合、他物権は独立の存在を認められない建前であるため(同法179条)、地上権が設定されたものとみなすことによって、地上建物の存続を図ろうとすることなどから定められたものです。
法定地上権が成立するための要件として、①抵当権の設定当時に、土地上に建物があること、②土地と建物が同一の所有者に属すること、③土地、建物の一方に抵当権が設定されたこと、④土地、建物の所有者が競売により異なるに至ったこと、が必要とされています。
なお、③の抵当権の設定については、土地、建物の双方に抵当権が設定されて、どちらか一方だけが実行された場合、また双方が実行されて別々に買い受けがあった場合も含むとされています。
以上の要件を満たした場合、法定地上権は法律上当然に発生することになります。法定地上権の具体的な内容については、当事者が協議をして決めることができますが、地代について協議が調わない場合には、当事者の請求により裁判所が定めると規定されています(同388条後段)。
また、存続期間について当事者間で協議が調わない場合には、存続期間の定めがないものとして、借地借家法の規定に従うことになります。